印西Fever

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成田線沿線の職場事情について

光と影が交差する千葉県印西市―

今回は、その影の部分(成田線沿線)の生活事情について解説したいと思います。

印西市の山陰地方っぽいエリアですが…

暗黒時代の印西町時代の中心街的な存在であり、現在でこそ北総線沿線が大発展しておりますが、当時は我孫子市や栄町などとの繋がりが強く、買い物にしろ、通学にしろ、通院にしろ、通勤にしろ…

成田線が主要交通機関でした。と言いますか、北総線沿線はまだ未開発エリアでしたし、成田線しかなかったのが正確なところです。新興住宅街として開発の進んでいた小林駅の北口、南口双方にあるショッピングモールなんか、今では想像もできないくらい栄えてました。

朝夕の通学時間ともなると、駅構内や車内は…

印旛高、布佐高、湖北高などの学生が一平方メートルあたり2~3人はいた

感じです(´・ω・`)

現在は寂れ行く一方で寂しい限りですが…それでも、成田線沿線には今も多くの人が住んでますし、やっぱり、市の行政拠点となる印西市役所や印西警察署は木下駅前です。

駅前の再開発事業も進むなど、大きな期待はできませんが、それなりの可能性をまだまだ秘めています。

お店や各種の事業所、工場などもそこそこあります。

暗黒時代のDQN工房達の多くは、就職や進学などで市外へ転出してしまい根絶しましたが、もちろん、全員かと言うとそうでもありません。一部のDQN工房は市内や成田線沿線などの職場に就職して残っています。

そのため、成田線沿線の職場には、ちょっとした学閥的なものがあります。

あの印旛高の〇〇さん!!布佐高だった△△氏?湖北高だった××君…

と言った感じの会話が素であります(´・ω・`)

ただ、学閥と言いましても、ほとんど象徴的なもので、それで差別されるなんて事はありません。

ニュータウン地区お住まいの方で、市外から転入して来た方で、パートやアルバイトで、たまたま成田線沿線の職場に就業する際は、不思議に思う点になる事でしょう。それに悪意や悪気なんてありませんし、繰り返しになりますが、差別される事もありません。

純粋に暗黒時代の印西町を懐かしんでいるだけです。

これは自分の独断と偏見かもしれませんが…

と言った感じです(´・ω・`)

何かの役に立つという訳ではありませんが、ニュータウン地区お住まいの方で成田線沿線住民を観察する際には、これを一つの目安とすると良いでしょう。ただ、やはり、印旛高は歴史が古く、いまだに全国的な知名度も抜群であるため、同高出身者の一部に神がかった感じの人もいます。

人脈も強いので…

印旛高出身者の人と仲良くなると何か良いことがある

かもです(´・ω・`)

自分の幼馴染だった人の多くがこの成田線沿線の三大高へ進学しています。

これら三大高以外にもいくつか高校や高校に準じた専門学校もありましたが、少子化の影響で統廃合が進み、ほとんど廃校になっていますね…

母校を失った人の母校に対する思いは強いものです。