印西市のご利益の高い神社

都会と田舎の光景が交錯する摩訶不思議な千葉県印西市―

東洋経済住みよさランキングで全国一位の座に輝き、いまだに「いんにし市」とか「いんせい市」なんて言われる事がありますが、首都圏のニュータウンとしてのイメージが定着しつつあります。きっと、多くの人は、平安京のように画一化され、家がズラリと立ち並ぶ光景を思い浮べる事でしょう。

これは致し方ありません。多摩ニュータウンや港北ニュータウンなどに見るよう、昔の公団は、お決まりのデザインをした集合住宅を、ただ、ひたすら立ち並べ、効率よく多く人を住まわせる感じでしたから…でも、昔の公団とちがい、今のURはデザインも重視しているので、印西市は見た目ハイカラな感じのする街です。

ところで、平安京と言えば、源氏物語に見るような絢爛豪華で雅(みやび)な生活をする貴族なんかを想像するかもしれません。別で書いた記事「印西(いんざい)の由来について」で紹介した印波国造(神武天皇の親戚)のように、印西市は何かとそんな貴族に関する逸話が何気があります。

しかし、なんだって…

印西市がえらい大層な方と由来があるのか謎

です。

印西市のある北総地域は下総(しもうさ)とも呼ばれ、江戸時代以前は本当に未開の大地でした。つーか、千葉県はもとより東京都だって小さな漁村に過ぎませんでしたから…そんな中、神様のお告げで、はるばる遠い西の都から印西市にやって来た一人のお姫様がいます。聖武天皇の皇女で、松虫姫こと不破内親王です。

あのさ…

聖武天皇は奈良時代の人だから平安京でなく平城京ちゃう?

なんて突っ込みはなしでお願いします(自分は理系なので日本史詳しくない)。

そんなことより、彼女にまつわる神社が印西市内にあります。印旛日医大駅近くに「松虫姫神社」があります。と言いますか、駅の看板にもデカデカと書いてありますので、同駅からの道順を間違える事はないでしょう。ゆっくり歩いて15分前後でたどり着けます。

本当に駅チカなので、迷子になるとは思えませんが、それでも道順がわからない場合は、印西市民は親切な人が多いので、遠慮なくそこら辺を歩いている人をつかまえて聞いてみて下さい。

それで、彼女の話ですが…

詳細は上のリンク先にある「松虫姫伝説」をご覧下さい…泣けます。本当に泣けて来ます。

不治の病に侵された姫が、神の…

東の印西市と言う場所へ行くがよい。さすれば救われん…

とのお告げにしたがい、道中で襲いかかる難関を次々とクリアして、どうにか印西市まで辿り着きます。いや、当時は印西市はなんて自治体はありませんが、便宜上、そういう事にします。ま~あ、要は、そのお告げを下さった神様と印旛沼近くで出会い、しばしの療養の後、完全治癒して都へ戻ったと言うお話です。

ちなみに、その神様は薬師如来で…

大医王なんて異名もある神様ですから病気療養にえらいご利益

のある神様と言えるでしょう。

もっとも、本当に病気になったら病院へ行き、先生の言いつけは絶対に守りましょう。なんでもかんでも神様にすがれば完治するというものではありません。とは言え、病は気からとも言います。先生の言いつけを守りつつ、この神社でお祈りを捧げると治りが早くなるかもしれません。

ちなみに、松虫姫の罹っていた病は、いわゆるライ病と言うものです。昔の貴族の女性は、若さと美貌を保つ目的から小食だったと聞きます。そのため、栄養不足からこう言った病気にかかりやすかったらしいです。

でも、印西市にやって来て、地元住人に温かく迎えられ…

アレやコレや食べる事で栄養状態が改善されて自然治癒

したものと思われます(自分の勝手な憶測)。

当時は、不治の病と恐れられていたライ病ですが…自然治癒して完治してしまうケースがわりとあったそうです。いえ、もちろん、薬師如来様を否定する意図はありません。ぜひ、持病でお悩みの方はこちらの神社へお参りに来て見て下さい。自分も肩こりと腰痛が何となく治りました。

お気づきの方もいるかと思いますが…

薬師如来は仏教なのにどうして神社なの?

の理由は、神仏習合の慣習を残している神社だからです。同じ敷地内に松虫寺なんてのもあります。

そして、最後に思った事ですが…

田沼意次と同様に、松虫姫も晩年は悲劇のヒロインとして生涯を閉じています。息子が朝廷に謀反を起こしたかどで、連帯責任と言う事で淡路島へ流され、その地で生涯を終えたようです(別の場所の説もあり、詳細不明)。少しばかり切なくなりますが、何事も最後の最後までハッピーエンドとは行かないようですね。

いんざい君の画像を使いたいんだけど市役所に使用許諾申請しても速攻却下だろう(´・ω・`)