印西Fever
住みよさ日本一の自治体・千葉県印西市を紹介
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印旛沼が二つあるのはどうして?

もはや印旛沼と一蓮托生な千葉県印西市―

県外で「印西市から来ました」と言うと、高い確率で印旛沼の方から来た人と解釈されます。

やはり、これは昨今のニュース報道の影響から、すっかり、カミツキガメで全国に印旛沼とともに名を轟かせてしまっているからだと思います。また、どの歴史の教科書にも、印旛沼干拓に尽力した田沼意次の名が記されていますので、学校の社会科教育の賜物とも言えるでしょう。

ところで、この印旛沼…

地図を見ていて、なんとなく気づいた方も多いかと思います。何がって?

どっちが本物の印旛沼やねん!?

と、激しい突っ込みを入れずにはいられない事でしょう。

印西市の地図をはじめて見る方も、えらい混乱すると思われます。ま~あ、落ち着いて自分の話を聞いて下さい。現在、印旛沼には「元祖印旛沼」と「本家印旛沼」の二つがあります。どちらも本物の印旛沼です。どちらが元祖で本家かってのは冗談ですが、それぞれにきちんとした正式な名称があります。

北側の印旛沼は「北印旛沼(北部調節池)」で、南側の印旛沼は「西印旛沼(西部調節池)」と、ちゃんと区別できるように命名されています。そして、両者を繋ぐのが「中央排水路」と呼ばれる水路です。ただ、印旛沼と言われると、多くの印西市民はイメージ的に北側を意識します。南側の印旛沼は存在が薄い傾向にあります。

地図で俯瞰する際の見た目から、今にも千切れそうで…

なんだか頼りなさそうな形

をしています。

でも、印旛沼も元々は細長い感じのする一つの大きな湖沼でした。干拓が進むことでドカドカと埋め立てられて、現在のように二つに分離した歴史的な経緯があります。完全に埋め立てて分離すると、二つの印旛沼との間で水量調節ができなくなりますので、平賀地区をぐるりと回る感じで中央排水路が整えられました。

印旛沼の東部から南部にかけての部分が埋め立てられ、残ったのが北部と西部の部分だったので、それぞれ、北印旛沼と西印旛沼と命名されたものと思われます。

さらに、この印旛沼…

印旛沼龍神伝説のような、ありきたりな昔話のような感じの逸話もあるかと思えば、UMA(未確認生物)に関する都市伝説もあるようです。あるようですって…何、その不確実なニュアンスを含む言い方は?なんて疑問に思った事でしょう。ぶっちゃけ、印西市民でも知っている人はごく少数です。

リンク先の記事を批判したい訳ではありませんが…目撃者多数なんて書いてありますが、自分は長らく印西市に住んでいて、この件に関する話を同じ印西市民から聞いた事がありません。なんでも、雷のような大きな音を発する口の大きな生命体と説明されています。いや、マジで聞いた事ないorz

名前もないようなので、ネッシーやクッシーにちなんで…

イッシーと名付ければ良いのか?

と思いきや…

すでに、鹿児島県指宿市の池田湖で目撃されるUMAがイッシーと名付けられていますorz

名前がないので何と呼んで良いのか困りますが、水棲の何かであるのは間違いないようです。もっとも、狂暴と恐れられているカミツキガメによる人的被害ですら現在のところゼロです。どこから沸いて出てきた話なのか出所不明ですが、人間に積極的かつ直接的に危害を加えるその種の生命体は現在のところ確認されておりません。