印西市の歴史

原始時代

印西の創世記です(´・ω・`)

1954年 印西町開闢、北総の大地に印西が爆誕する。
1966年 人口30万人を目標とした千葉ニュータウン構想が計画される。

謎に満ちたワンダーな時代です。今後、当サイトで調査と研究を進めて行きたいと思います。

当時の印西町は、木々が鬱蒼と生い茂る大密林地帯だった(´・ω・`)

暗黒時代

千葉ニュータウンの開発が始まり、市制に移行するまでの時代です(´・ω・`)

1967年 用地買収に着手、千葉ニュータウンの開発が始まる。
1978年 宅地開発公団(現UR)が千葉ニュー開発計画に参画、宅地造成と建設の工事がさらに進む。
1979年 北総鉄道が開業、まずは、鎌ケ谷市と白井千葉ニューを結ぶ区間で運行が開始される。これに合わせ、白井千葉ニューの入居が開始される。
1984年 千葉ニュータウン中央駅が開業、北総鉄道が印西千葉ニューまで延伸される。印西千葉ニューの入居が開始され、日本全国から印西町に続々と人がやって来るようになる。
1991年 北総鉄道が都心へ乗り入れるようになり、利便性の向上にともない、千葉ニューが首都圏の一大ベットタウンとして注目を集めるようになる。
1994年 印旛日医大病院(日本医科大学千葉北総病院)が開院する。当初は、なんでこんな秘境に最先端の設備を有した超巨大総合病院ができたのか疑問だった。
1995年 印西牧の原駅が開業、北総鉄道がさらに印西奥深く走るようになる。

印西の主要交通機関は依然として北部を走る成田線で、白井町よりも我孫子市や栄町なんかと関係の深かった時代です。当時の印西町は本当にまったく何もない場所でした。

写真は、印西市北部を流れる利根川の様子である。暗黒時代の自然環境を写した数少ない貴重な画像となっている。画像の左側が千葉県、右側が茨城県となる。

黎明時代

市制移行後から住みよさランキングで全国から羨望と疑惑の視線を集めるまでの時代です(´・ω・`)

1996年 印西町が市制移行、印西市が爆誕する。
2000年7月 印旛日本医大駅が開業、最東端の千葉ニューエリアとして入居の受付を開始する。
2000年9月 イオンモールが開店する(当時はジャスコ)。
2002年 ジョイフル本田千葉ニュータウン店が開店する。
2007年 印西のランドマーク的商業施設のBIGHOPが開業する。大観覧車そらっぱより高い建築物はなかった。
2010年3月 隣接する村々を次から次へと併合して支配下に置く。印西市の領土が大きく拡大され、現在のような、ひよこ饅頭の頭部を押し潰したような形として地図上に表示されるようになる。
2010年4月 市内の高校の統廃合を進めてDQN工房を根絶させる。代わりに、千葉ニュー牧の原エリアに印旛明誠高校が開学する。形の上では、印旛高校を移転させて現校名に変えたものとされているが真実はアレ。
2010年7月 成田スカイアクセスが開業、北総線と成田空港が直結される。これによりスカイライナーの運行区間ともなり、成田空港と日暮里の間を30分少々で走破できるようになる。
2011年 東日本大震災、印西市内では震度6弱の揺れを観測する。
2012年 東洋経済住みよさランキングで全国一位の座を獲得する。しかし、同時に「ええ、あの印西が!?」と言った具合に、全国から疑惑と疑念も集める結果となる。

何もなかった印西にポツポツと商業施設ができ始め、秘境から徐々に郊外型の都市へと転換して行った。北総線の利便性が向上した事で、この時代あたりから、千葉ニューエリアが印西の中心的な地区へと変わる。

画像は、千葉ニュータウンのとある寂れた開発地の様子を写したもの。バブル経済崩壊後の混乱時期とも重なり、希望と不安でいっぱいの時代だった。

黄金時代

秘境だった印西市が一転…都市化が急激に進んだ大繁栄時代です(´・ω・`)

2013年 東洋経済住みよさランキングで全国一位の座を再び獲得する。それでも疑惑と疑念は晴れず…
2014年 東洋経済住みよさランキングで全国一位の座を三度獲得する。でも、北総線の運賃は高いし…
2015年3月 印西総合病院が開院する。
2015年6月 東洋経済住みよさランキングで全国一位の座をまた獲得、四連覇する。ここいら辺から、印西市民の間で「本当に住みよいんじゃね?」な噂話が流れ始める。いや、実際、買い物天国で便利だし…
2016年 東洋経済住みよさランキングで全国一位の座をまたまた獲得、五連覇する。ええ、マジかよ!!な状態になる。一部の印西市民が立ち上がり始める。市制移行20周年の節目とも重なり、日本全国に向け逆襲が開始される。しかし、印西花火大会が失敗に終わる等の不祥事も起きる。
2017年 東洋経済住みよさランキングで全国一位の座をまたまたまた獲得、六連覇する。とりあえず全印西市民が感動した(多分)。しかし、都市化が進むと同時、平和だった印西市にも物騒な事件が目立ち始める。
2018年5月 なんか人口が10万人突破した。

秘境から完全な大都会印西へと昇華した期間になります。

写真は、光輝く大都会印西市の様子(現在)を写したもの。各種のチート行為を疑われ、東洋経済住みよさランキングからBANされる寸前とも言われている。

写真は、千葉ニュータウン中央駅周辺の様子を写したもの。画像に写る道路網は、国道464号と県道61号船橋印西線のインターチェンジになる。

印旛沼から眺めた印西市の様子。尚、異論は認めない(´・ω・`)

千葉ニュータウンエリアから一歩出るとご覧のありさまとなる。印西市は開発エリアと未開発地区との落差が激しい一面がある。鬱蒼と生い茂る密林の中には、絶滅が危惧されている希少生物が数多く生息している。

強調しておくが異論は認めない(´・ω・`)

by 印西太郎

※当サイトは2/3の千葉愛と1/3の冗談から構成されています。
※たまに真偽のほどが疑わしい内容の記事も書きます。あまり間に受けないで下さい。
印西市は印旛沼の西側にあったから印西なんだからね(´・ω・`)